筒井康隆 著 新潮文庫 2016.9.26.読了 ★★★★
去年病気で亡くなった友人は読書家で、あとには大量の蔵書が遺された。友人の両親はそれらを捨てるに忍びず、彼の家から自宅に運んで、(全部は置けないから)その一部を居間に積み、弔問に訪れた人に、好きな本を持っていってもらっていた。私も何冊か形見にもらった。
その友人が最も好きな小説が、筒井康隆の「旅のラゴス」だった。生前、何度もそう話していた。1986年初版発行のこの小説が、友人の亡くなったその年に口コミで再び注目され、書店で平積みになっているのを見て、不思議な気分だった。筒井先生もお元気のようだし、友人も喜んでいることだろう。
で、筒井康隆作ミステリー「ロートレック荘事件」(1990年初版発行)。新潮文庫の帯に「未読のあなたは幸せだ。ネタバレ厳禁!驚愕のトリック!!」とある。はい、未読でした。(「富豪刑事」だったら読んだんだけれど、四半世紀ばかり前に。)今読むのと昔読むのとではどちらが幸せだっただろう。すれてない分、昔の方が感動したかもしれない。
このメモの文章は「ねたばれあり」、ということにしてはいるのだけれど、そこまで「ネタバレ厳禁!!」と言われちゃうと書けないなあ。まあ、ぼかしていうと、叙述トリックの傑作、ということか。たしかに驚いた。途中ちょっと変だな??と思いつつ読んでいたら、いきなりキター!!そして種明かしの部分を読みながら、今までの文章を読み返してみたり。
しかし、あまりミステリーを読んでこなかった私は、叙述トリックに慣れないこともあり、オチがわかって「そう来たか!」と膝を打つとともに、ぴんとこないものも残った。「それってありなの?」というか。いや、ありなんだろうけど。推理小説は作家が読者に提供する、知的な遊戯なんだから。
というわけで、トリックについてはやや受け止めきれなかったけれど、犯人の心理は、深く納得できるものだった。種明かしのあとで読み返すと、それまで見えなかったものが見えてくる。どうして前はそれを平気で読み飛ばしていたのか、と不思議になる。さすが筒井康隆。
犯人の心は狭く、未熟で、そして深い知性がある。臆病で傷つきやすく、大胆で冷酷だ。その理由もはっきりしている。そしてその歪められた感情と知性が何を見誤っていたのかを、最後に彼は悟り、絶望する。「もうこれ以上生きていたってなんの希望もありません。どうか私を死刑にしてください。」
愚かだ。彼が罪を犯した後までも、自らを省みず彼を守ろうとしたものがいるのに。何があっても彼を愛しているものがいるのに。それなのに、この期に及んでまだ彼は自分のことしか見ていない。何が自分の目を狂わせたのか、わかっていながら、失った悲しみにばかりとらわれ、死を望む。遺されるものの身にもなれ。